管理職研修の効果が出ない:学びを職場の行動へ移す条件
管理職研修の満足度は高く、受講者は「明日から部下の話を聞きます」と書いて帰ります。ところが職場では、相変わらず上司が答えを出し、部下は指示を待つ。翌年も同じ研修を追加する前に、学んだことが使われる場面を用意したかを確かめたいところです。
知識が足りないなら研修は候補になります。しかし、知っていても試す時間がない、試した行動を上位者に否定される、結果を振り返る機会がないなら、受講回数を増やしても同じ場所で止まるかもしれません。育成の対象を研修当日から、職場で新しい行動を試して修正する期間まで広げる必要があります。
この記事の目次
管理職研修が無駄だという証拠ではない
Lacerenzaらの2017年のメタ分析は、従業員を対象とした335の独立標本から、リーダーシップ研修の効果を検討しています。受講への反応、学習、職場などへの転移、結果を区別し、改善を報告しました。ニーズ分析、フィードバック、練習を含む複数の方法、間隔を空けた学習などと効果の関係も調べています。原論文の抄録
ここでいう転移は、学んだことが別の場面で使われることです。満足したことや、知識のテストに合格したことと、職場で行動したことを一つにまとめない点が重要です。
ただし、この研究の平均効果が、すべての日本企業や個別の研修商品にも当てはまるわけではありません。研修方法ごとの比較にも、受講者、内容、実施環境の違いが含まれます。「間隔を空けるだけで必ず成果が出る」といった単独要素の因果効果へ読み替えないようにします。
管理職の行動は、手順どおりに再現する技能とは違う
Blumeらの2010年のメタ分析は、89の実証研究を使い、研修の転移と、受講者の特性や職場環境などの関係を調べました。支援的な職場環境などと転移の正の関係を報告するとともに、リーダーシップのように状況に応じて使う技能と、ソフトウェア操作のように比較的手順が定まる技能とで、関係の強さが異なることを示しています。出版社の原抄録
部下へのフィードバックを例にすると、同じ言葉を覚えても、相手の経験や仕事の状況によって使い方は変わります。研修内の一つの正答を再現することだけでは、現場で使えることを十分に示せません。
そのため、次の育成策を選ぶ際には「内容を理解しているか」に加え、「どの場面で、どの行動を試し、誰から反応を得るか」を決めたいところです。以下は研究を踏まえた編集上の提案であり、一律の実施頻度や合格点を示すものではありません。
「傾聴する」を、一つの仕事の場面へ落とす
まず、変えたい行動を実際の場面へ結び付けます。「よい上司になる」「対話を増やす」では、何を試せばよいか曖昧です。例えば、定例の進捗確認で上司がすぐ解決案を出す前に、部下が困っている点と試したことを聞き、任せる範囲を合意する、と具体化します。
次に、その行動を使う機会を確保します。面談の枠を取るだけでなく、上司自身の上司と、何を変えようとしているかを共有します。新しいやり方を試した結果、最初は対話に時間がかかるかもしれません。その時間を取る余地がなければ、従来どおり指示だけを出す行動へ戻りやすくなります。
そして、試した後に何を見るかを決めます。部下が長く話したかだけでなく、困っている点を把握できたか、次の行動を互いに同じ意味で理解したか、必要な支援を決められたかを確認します。対話の回数を増やすことと、仕事の判断を改善することは同じではありません。
同じ「実践できていない」でも、処方は変わる
仮想の管理職Aは、部下から相談を受けると、何を質問すればよいか分からず、自分の経験談を話し続けてしまうとします。この場合、具体的な場面を使って質問と確認を練習し、フィードバックを受ける案が有力です。実行するための技能が足りない可能性があるからです。
管理職Bは、研修中には質問と合意を適切に行えました。しかし職場では担当業務が過密で、部下と話す時間が確保されていません。Bへ同じ内容をもう一度教える前に、担当範囲や時間の配分を見直す方が、実践の条件を変えます。
管理職Cは時間を確保しましたが、部下へ任せた判断を上位者が毎回差し戻します。この場合は、任せてよい範囲と、その判断を上位者がどう扱うかをそろえる必要があります。「もっと部下を信じよう」という個人の姿勢だけでは解けない問題です。
条件を変え、機会も権限もあるのに、試した行動が仕事の結果につながらない場合は、研修で勧めた行動自体がその場面に合うかを考えます。緊急対応で即時の指示が必要な場面まで、毎回じっくり質問して合意する必要はありません。新しい行動をすべての場面へ適用することを、定着の成功としないようにします。
この例は実在の研修成果ではありません。知識・技能、実践の機会、職場の支援、場面への適合を分けることで、追加研修か、仕事の設計変更かを選ぶための例です。
受講者の「できた」だけで成果にしない
評価は段階を分けます。研修を理解したかは課題や練習で、職場で試したかは具体的な実践の記録で、役立ったかは関係者の反応や仕事の変化で確かめます。どれか一つの点数で全段階を代用しないことが大切です。
部下の評価も万能ではありません。厳しい要求を避けた管理職が好評を得る場合も考えられますし、難しい仕事を任された部下は負担を感じるかもしれません。好感だけでなく、期待する仕事が明確になったか、支援を得られたか、問題を早く相談できたかなど、研修で変えたい行動に近い情報を集めます。
一方、すべての面談を細かく採点すれば、練習の場が監視の場になりかねません。記録する目的と扱いを共有し、個人を順位付けするために必要以上の情報を集めないようにします。育成途中の試行と、正式な人事評価で用いる情報の扱いも、曖昧にしない方がよいでしょう。
測り方にも反証があります。Blumeらは、同じ情報源から同じ測定文脈で得た転移の評価では、関連が大きく見える問題を指摘しています。本人に「職場の支援があるか」「学んだことを使えたか」をまとめて尋ねた結果だけでは、支援を増やした効果を確定できません。Blumeらの原論文
だからこそ、受講者の感想に加え、実際に試した場面と、その後に決まった行動を確かめます。部下や上位者からの情報も、何を観察したのかを具体的にします。ただし別の人の評価を足せば自動的に客観的になるわけではなく、立場の違いや観察する機会も残ります。育成の評価は、同じアンケートの点数を重ねるより、学習・実践・仕事の変化をつなぐ証拠を増やす方向へ進めます。
次の研修予算は、つまずいた段階へ配る
予算配分に使う記録では、知識を理解した段階、職場で試した段階、業務結果が変わった段階を分けます。受講者の満足や自己報告だけで、次の段階まで達したことにはしません。
知識の理解から止まっているなら、内容や教え方を見直す。練習ではできても職場で使えないなら、機会や担当範囲、上位者の支援を変える。実践しても効果が乏しいなら、場面と行動の組み合わせを再検討する。この分岐を持てば、育成の課題をすべて追加受講へ戻さずに済みます。
取り組みの前後で数字が変わっても、研修だけの効果だと決めつけることはできません。配属や仕事の難しさ、同時期の制度変更を記録し、可能なら段階的に導入する部署間の比較なども検討します。その際も、少人数の印象的な成功談を全員へ一般化しないようにします。
管理職研修を選ぶときは、講義の内容に加え、戻った職場で何を試し、誰と振り返り、次の練習へどうつなぐかを設計する。技能が不足する人には練習を、実践を阻む仕事には条件の変更を配る。研修の完成は受講証ではなく、必要な場面で新しい行動を選び直せる状態に近づいたかで判断したいところです。