KPIを達成しても利益が減る:評価目標の副作用を見直す
営業部は売上目標を達成し、サポート部は一件当たりの対応時間を短縮した。それなのに会社の利益は下がった。値引きが増え、難しい問い合わせが再び戻り、現場は追加対応に追われている。数字をごまかした人がいなくても、こうした組合せは起こり得る。
そのとき「利益のKPIも追加しよう」とする前に、既存の指標を達成するために、何が変わったのかを調べたい。指標の数を増やしても、評価される数字へ仕事を寄せる仕組みが同じなら、別の見えない負担を作るかもしれない。
本稿は、達成した指標から、値引き・追加費用・後工程の手直しへつながる経路を調べ、犠牲になった仕事を回復できるよう評価を変えると提案する。指標を廃止するか増やすかではなく、何の行動に強い誘因を与えているかが出発点になる。
この記事の目次
売上108万円でも、残る金額が減る場合
説明用に、一件の売上が10万円、案件ごとに増える提供費が7万円だったとする。差額は3万円で、ここから固定費などを賄う。売上目標を達成するため価格を9万円へ下げ、提供費が同じなら差額は2万円になる。
旧条件で十件なら売上100万円、差額合計30万円。値引き後に十二件売れば売上108万円と増えるが、差額合計は24万円へ減る。追加の保守や再対応があれば、さらに変わる。これは仮の算数であり、会計上の最終利益や実在企業の実績を表すものではない。
この場合、営業へ販売件数をさらに要求する前に、値引きがなければ売れなかった理由と、増えた案件の提供費を調べる。値引き以外の変更がなければ、売上増だけを成功と評価する理由は弱い。
条件を変え、追加の販売では提供費が大幅に低く、既存設備や余力を使えるなら結論は変わり得る。継続購入によって将来の便益が増える場合も、検証できる範囲で比較に含める。ただし将来の継続を都合よく仮定して、現在の赤字を正当化しない。
判断を分けるのは値引きの有無だけでなく、増える売上に対し、どの費用と仕事が増えるかである。このつながりが見えれば、利益率を一律に守るだけで有利な追加販売を逃すことも避けやすくなる。
評価する数字へ、どんな仕事が寄っていくか
営業の件数や売上には、後の提供費が現れないことがある。なぜ評価の対象を変えると仕事の配分も変わるのか。報酬の理論と企業の観測を、違いを残して読んでみる。
HolmströmとMilgromの1991年の論文は、複数の仕事を担う人への報酬設計を理論的に分析した。測りやすい仕事への強い誘因が、測りにくい仕事から注意や努力を移す問題を扱う。数学的なモデルであり、特定の日本企業でKPI導入後に利益が下がった割合を示す研究ではない。Multitask Principal–Agent Analyses・著者公開論文
例えば対応件数が強く評価されるなら、短く終わる用件を先に選ぶことには理由が生まれる。難しい問題の根本解決に時間を使えば件数が減る。担当者の熱意が同じでも、どこへ時間を使うと評価されるかによって、仕事の配分は変わり得る。
だから「数字を意識し過ぎる社員が悪い」で終えない。その行動を評価制度が求めていなかったかを見る。品質や育成も重要だと言いながら、実際の報酬が短期件数だけで決まるなら、言葉と仕組みが違っている。
一方、強い目標がすべて悪いわけではない。測る成果が目的に近く、質を落とした結果が適切に検出される仕事なら、明確な評価を使う理由がある。問題は誘因の強さそのものではなく、評価が拾わない代償を作りやすいかである。
反対方向の証拠もある。Lazearの2000年の研究は、米国の自動車ガラス施工企業で、1994~1995年の賃金制度移行を約3,000人・19か月のデータで分析し、生産性の向上を報告した。同じ人の行動変化と、人員構成の変化を区別している。論文は成果の測りやすさや品質問題を見つけやすい条件にも触れており、全職種へ同じ制度を勧めてはいない。単一企業のデータ分析で、無作為実験ではない。Performance Pay and Productivity
理論上の副作用と、この企業での改善は矛盾しない。測る対象、見落とす品質、結果を確認できる時期が違うからだ。本稿は成果に報いることを否定せず、報いる対象が会社の求める仕事を適切に代表する条件を問う。
目標達成は、目的達成の証拠になっているか
BevanとHoodの2006年の論文は、イングランドの公的医療における目標管理について、報告された成果と、測定・目標への適応行動の問題を検討した。行政の事例を分析した研究であり、民間企業の利益に対する平均的な因果効果を測る実験ではない。What’s Measured Is What Matters
ここから借りたい問いは、一部の測定結果を仕事全体の代理にしてよいか、である。処理時間が短くなっても、対象外へ振り分けた案件が増えたなら、同じ仕事を速く処理したとは限らない。
数値の操作だけが問題ではない。難しい顧客を避ける、将来の手直しを次の部門へ送る、締め日前に受注を前倒しする。記録自体が正しくても、会社が得たい結果と離れる場合がある。故意の不正と、評価へ合理的に適応した行動を分けて調べる必要がある。
ただし、悪い数字をすべて評価制度のせいにもしない。利益が減った理由には、原材料価格、顧客構成、投資時期などもある。指標の変更前後の差だけで因果を決めず、どの取引で何が変わったかという経路を確かめる。
理論・企業データ・行政事例の違いを読む
ここまでの三資料は、努力配分の理論、企業での作業量の観測、行政の目標運用の事例を扱う。比較するのは、同じ報酬制度の平均効果ではない。何が成果として測られ、何が対象から外れたかを読み分ける必要がある。
比較から出る論点は、「報酬を付けると数字が増えるか」だけでなく、「その数字へ仕事を寄せたとき、何が計測から外れるか」だ。作業が独立し、品質と手直しを同じ人へ帰属できるなら個人数量を扱いやすい。他部署が品質や苦情処理を引き受ける仕事では、販売数や処理数が増えても、その人の欄には後工程の費用が現れない。
先に見た売上と残る金額の計算では、後工程の負担を費用へ戻している。品質指標を単に追加するだけでは、達成直前だけ確認を弱める余地は残る。件数を評価する条件として、再処理や取消しを同じ期間へ戻して計上できるかを先に決める。これは三資料から組み立てた統制の提案で、当該企業で検証した報酬制度ではない。
達成を高く評価する前に、守る条件を決める
本稿では、指標ごとに次の三つを点検する。万能な報酬設計ではなく、評価の副作用を見つける整理である。
| 問い | 確認する対象 | 変更の方向 |
|---|---|---|
| 何を増やすと達成するか | 値引き、簡単な案件の選択、前倒し | 目的に近い成果へ評価を寄せる |
| 何が評価の外へ出るか | 手直し、再問い合わせ、育成 | 重要な制約や振り返りへ戻す |
| いつ結果が確かめられるか | 返品、継続、後続の提供費 | 評価期間と確定時点を合わせる |
例えば対応時間の短縮を評価するなら、短く終えた案件が再び戻っていないかを合わせる。再問い合わせが増えたときまで、時間の短さをそのまま高評価にしない。逆に、再対応を増やさず同じ種類の問題を解けるようになったなら、改善の根拠がある。
重要な制約は、他の良い点数と相殺させない方がよい場合がある。重大な誤処理を、処理件数の多さで埋め合わせる採点は、その誤処理を許容する設計になり得る。何を達成条件として守るかを決めてから、速さや量を比べる。
全員を会社の利益だけで評価すればよいのか
本人が選べる行動に近い成果と、それが会社の目的につながるかを分けて確認する。全社利益だけでは、為替や他事業の投資など本人が動かせない要因も評価へ入る。育成や根本改善も誰が何を担い、どの状態を変えたかで記録する。個人と共同成果の報酬設計は個人・チームへの誘因へつなげ、重要な仕事を評価から消さない。
目標の直前だけで、成功を判断しない
評価期間の終わりに成果が集中するなら、翌期の反動も見る。期末に売上が増えても、翌期の減少や返品、追加作業が同じ取引に続くなら、実態を通期で確かめる必要がある。
改善した指標と利益の関係を追う際は、同じ顧客・案件群の結果を対応させる。難しい案件が増えたため平均対応時間が長くなった月を、単純に悪化としない。比較対象をそろえても代償が増えるなら、目標値の引上げより、評価と仕事の組合せを変える理由がある。
目的に近い成果を、重要な仕事を犠牲にせず増やせているなら評価を続ける。達成するほど採算や後工程が悪化するなら、その指標への誘因を強める前に設計を変える。 KPIは達成を祝う数字であると同時に、会社が何を犠牲にしているかを確かめる入口でありたい。