システム稼働後の成果は誰が担う? 改善責任者に必要な権限と予算
システムの納品は終わったが、入力手順や顧客対応を変える人がいない。運用側へ売上目標だけを渡しても、必要な変更を選べない。本稿では、稼働後の改善を引き受ける責任者に、変更権限、使える資源、上位へ判断を求める境界をどう渡すかを扱う。
この場面で足りないのは、成果を報告する資料とは限らない。受注へつながる仕事の変更を、稼働後に決めて実行する人がいない可能性がある。
プロジェクトの成果物から事業上の便益へは、いくつかの段階がある。システムが使える、担当者が使う、行動が変わる、顧客や業務の結果が変わる。その途中で止まっているなら、稼働率を上げるだけでは利益に届かない。
本稿は、便益が生まれる過程のどこが止まったかを特定し、その部分を変える権限と予算を運用側へ引き継ぐことを提案する。便益の責任者を置く目的は、数字の達成を一人に押し付けることではなく、稼働後の介入を選べる状態にすることだ。
納品と事業成果は、同じ成功ではない
SerraとKuncの2015年の研究は、ブラジル・英国・米国を主な対象とし、その他の国からの36回答を含む調査を通じ、便益実現管理の実践と、戦略的価値を生む意味でのプロジェクト成功との正の関連を報告している。331人のプロジェクト実務家のデータを分析した調査であり、責任者を任命した企業の利益増加を無作為実験で示したものではない。Benefits Realisation Management and its influence on project success
回答者が管理の実践と成功を評価しているため、もともと実行力のある組織が両方を高く評価している可能性も残る。ここから「責任者を置けば成功率が何割上がる」とは言えない。
一方、納期・予算・仕様を満たすことだけで投資価値を説明し切れない、という問いは重要だ。複数の案件が関係するなら、営業システム、料金設計、商品供給の各担当がそれぞれ完成しても、それらを組み合わせて顧客へ届ける活動が必要になる。
その活動をプロジェクト間の隙間に落とさないため、成果物の責任と便益の責任を分けて定義する。前者は何を作り渡すか、後者は何を変えて事業成果に結び付けるかを担う。
引き継ぐのは、目標だけでなく変更する権限
売上目標だけでなく、入力手順、担当の割当て、対応期限、支援範囲のうち、どこまで変更できるかを引継ぎ時に決める。価格や供給能力など本人だけでは変えられない条件には、事業責任者へ判断を求める経路を付ける。原因を特定する役割と、特定した問題を直す権限を対応させる。
英国政府のGate Review 5は、稼働後のサービス運用と便益の実現を確認し、運用側への引継ぎ、資源、継続的な責任を扱う。公共投資の運用指針であり、日本の民間企業が同じ時期・様式で審査すべきという意味ではない。GOV.UK「Operational Review and Benefits Realisation」
この考え方を実務に用いるなら、引継ぎでは「営業部長が責任者」と名前を書くところで止めない。その人が営業手順を変えられるか、追加の分析を依頼できるか、運用費の使い方を変えられるかを確認する。
また、営業だけでは決められない価格や供給能力の問題は、上位の事業責任者へ判断を求める経路を持たせる。担当者に数字を要求しながら、必要な変更権限を渡さない構成では、報告が丁寧になるだけかもしれない。
複数案件が一つの便益に寄与する場合は、同じ増収を各案件へ重ねて計上しない。どの成果を共有し、どの費用を負担しているかを一つの見取り図で示す。案件ごとの評価表を合算するだけでは、二重計上を見落とし得る。
時間が浮いたことと、お金が残ること
仮に新しい仕組みによって毎月100時間の作業が減り、社内の評価単価を1時間3,000円とすると、時間の価値は月30万円と置ける。ただし給与や契約支出が変わらなければ、30万円の現金が会社に残るわけではない。これは説明用の仮定である。
便益の責任者は、その100時間をどう使ったかまで追う。残業支出を減らせたのか、追加の顧客対応に回したのか、余裕ができただけなのか。どれも同じ欄へ「費用削減」と書かない。
英国政府の効率化枠組みも、現金支出に反映する節約と、同じ資源でより多くの成果を出す改善を区別している。ここでは分類の考え方を参照し、日本企業の会計処理を定めるものとしては使わない。GOV.UK「The Government Efficiency Framework」
追加の顧客対応が増えた場合も、それがすべて新システムの効果とは限らない。繁忙度や人員、価格変更の影響を確かめる。可能なら同種業務の未導入範囲と比較し、比較できない場合は「導入後の観測」であることを明記する。
同じ100時間でも、どこに残るかで使い道は変わります。100人が月1時間ずつ短縮した場合と、一人の作業が月100時間減った場合では、新しい担当を置く条件や外注契約を減らす条件が違います。分散した余裕を、まとめて100時間分の現金削減と記録しないようにします。
便益責任者へ渡すのは「100時間」の目標だけではない。どの仕事を止めるか、新しい受注へ振り向けるか、人員や契約を変えるかを選ぶ権限と、そのための運営予算を対応させる。削減が実現したのにその裁量がなければ、追加開発ではなく権限移管の問題になる。未達の原因を追う手順は便益の経路へ分ける。
次の改善にも、使える資源の上限がある
稼働後の改善は、当初の支出を正当化するまで追加開発を続けることではない。責任者が運営予算内で変えられる範囲と、新たな投資審査へ戻す範囲を決め、追加費用と将来便益を改めて比較する。便益未達の原因を調べる手順は便益の経路へ譲り、本稿では原因が分かった後に変更できる権限と資源を扱う。
続けるべき改善と、見直すべき投資
便益責任者は、承認された運営範囲の改善を決め、価格・対象顧客・大規模改修など範囲外の判断を事業責任者へ戻す。報告の責任だけを移し、実行する予算と権限を残す構成では改善主体になれない。
引継ぎ時には、営業周期など成果を観測できる時期と、資源を再配分する審査時点を分けて合意する。原因診断を便益の経路で行った後、誰が何を変更できるかを決めることが本稿の結論である。