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値引きで利益は増える? 必要な販売数と対象顧客の決め方

値札を付けた買物かごと、通常の購入と追加の購入を分けて置いた硬貨

月末に売上が足りない。全顧客へ割引を配れば、注文は増えるかもしれない。営業担当にとっては達成への一手だが、経営側には別の問いが残る。いつも通常価格で買う人へ安く売り、翌月の注文を先取りしただけでも、今月の数字はよく見えるからだ。

値引きの判断では、売れた数量だけでなく、誰の、どの購買を動かしたかを分けたい。初めての購入を促す施策と、既存客が予定していた注文を安くする施策は、同じ割引率でも役割が違う。本稿では恒常的な価格改定ではなく、期間を区切った販促を扱う。全面的な値引きか、対象を絞った施策かを選ぶために、短期の採算と後の購買をつなげて考える。

この記事の目次
  1. 注文が三割増えても、利益は減ることがある
  2. その注文は、新しい購入か、前倒しか
  3. 増えた注文は、別の売上を減らしていないか
  4. 誰へ値引きし、いつ通常価格へ戻すか

注文が三割増えても、利益は減ることがある

以下は研究の実績ではなく、採算の構造を示す仮想例である。通常価格を一万円、一件売るために増える費用を六千円とする。通常なら百件売れると仮定すれば、売上から販売に伴って増える費用を引いた額は四十万円になる。この額を限界利益と呼び、固定費はまだ差し引いていない。

価格を九千円に下げ、百三十件売れた場合、一件当たりの限界利益は三千円、合計は三十九万円だ。数量は増えても、この仮定では利益は一万円減る。通常価格でも売れた百件の利益を十万円失い、新たな三十件で九万円を得るためである。割引の費用を新規の三十件だけに付けると、判断を間違える。

では、何件から採算が逆転するのか。通常の四十万円を、割引後の一件三千円で割ると、百三十三と三分の一件になる。件数を整数で数えるこの仮定では、百三十三件では三十九万九千円で届かず、百三十四件から四十万二千円となって通常案を上回る。 百四十件なら四十二万円だ。必要なのは「三割増えた」という勢いではなく、失った利益を取り戻すだけの増分があるかという境界である。

この境界は、販売件数の予測でも、統計的に十分な件数でもない。例えば売れそうな件数を百二十~百四十件という幅でしか見込めないなら、限界利益も三十六万~四十二万円と、通常案の上下にまたがる。採算が改善する場合と悪化する場合を区別できないため、その見込みだけで一律展開を決めず、許容する損失と検証範囲を先に定める。これは仮定の感度分析であり、信頼区間を計算した結果ではない。実験での不確実性の扱いは、A/Bテストの事業指標で別に考える。

もう一つ、対象の境界を変えてみる。通常価格で買う百件には割引を出さず、割引によって初めて買う三十件だけへ九千円で提供できると仮定する。合計は四十万円+九万円=四十九万円になり、一律に割り引いた百三十件の三十九万円とは違う。ただし、これは元の百件の価格を維持でき、三十件が本当に追加で、費用も増えないという強い仮定である。新規客でも通常価格で買うはずだった人はいる。新規というラベルだけで増分と認定せず、対象外への漏れや購入の前倒しも確かめる必要がある。返品、決済費用、増員、翌月の注文減があれば、境界自体を計算し直す。

一律値引きで通常の百件から十万円を失い、追加の三十件で九万円を得て差引一万円減る仮定と、百三十四件で採算が上回る境界を示す図
仮定の採算図:通常価格一万円、割引価格九千円、増分費用六千円、通常百件。件数の予測・研究の実測値・統計的な採用基準ではありません。

その注文は、新しい購入か、前倒しか

採算に必要な件数が分かっても、増えた注文のすべてを新たな需要とは数えられない。次に見たいのは、値引きが誰の購買を動かしたかである。

AndersonとSimesterの2004年の論文は、耐久財を扱う通信販売企業で三つの大規模な現場実験を行い、初回購入者と既存顧客への影響を分けている。顧客へ送るカタログの割引の深さを無作為に変え、その後は同じ条件のカタログを送り、およそ二年にわたる購買を追った。

深い値引きは初回購入者のその後の購買を増やす一方、既存顧客では逆方向の結果を示した。ただし、これは「既存客に値引きすると必ず離反する」という証拠ではない。将来の必要分を先に買うことや、値引きに反応する顧客が購入者に加わることも、その後の購入率を変える。購入者だけの継続率を見て、割引対象となった全顧客への効果と同一視するのも危うい。

著者公開版の本文が扱うのは耐久財の通販であり、日本の法人契約や月額サービスではない。三実験は1999年1~4月に始まり、実験ごとの追跡期間は22~28か月だった。実施国は今回確認した範囲では確定していない。購入頻度、在庫を持てる量、契約更新の仕組みが違えば、後の購買への影響も変わる。読み取れるのは、新規客と既存客を混ぜた短期売上だけでは判断を誤り得るという点だ。

値引きへの反応が残る場合もある

反対方向の材料もある。Elbergらの掲載論文につながる2018年の著者稿では、チリのスーパーで2013年8~10月に現場実験を行った。分析の中心は十店舗、十七カテゴリーの百七十商品で、比較可能な店舗の組を作り、どちらを深い値引きにするかを無作為に決めている。

前半で深い値引きに接した顧客は、後半で割引条件をそろえた後も、販促商品の購入に反応する傾向が強かった。初回購入を増やすだけでなく、将来の販促を探す行動を変える可能性がある。ただし、日常的に購入する食品等の短い観察期間と、耐久財通販の約二年の追跡を、同じ結果の追試とは呼べない。店舗数が少なく、会員の購買記録を使う点も適用範囲を限る。さらに掲載論文の注記では、同じ操作を行った小さい方のチェーンで、結果の方向は同じでも統計的に明確な効果は得られなかったと記す。これは効果がゼロという証明ではないが、規模や環境が違っても同じ反応を期待できる、という断言を支えない。

ここで測られた購入の反応と、企業全体の利益は別である。同論文の競争と利益に関する分析には推定モデルが含まれ、競合が追随した将来の利益をそのまま実測したものではない。販促への感度が上がることは、選んでもらう機会にもなり、安くないと買わない市場を作る可能性にもなる。値引きを一律に善悪で扱うより、獲得した行動がどの条件で利益につながるかを確かめたい。

増えた注文は、別の売上を減らしていないか

対象商品の利益だけでも、施策の価値を取り違えることがある。割引商品を買ったために通常価格の別商品を買わなくなったなら、失う利益を比較へ入れる。逆に、新たな来店や契約が他の購入も生むなら、その増分も対象になる。ただし、同時に売れた商品を全て割引の成果へ足してはいけない。割引がなかった場合にも売れた分があるからだ。

法人向けでも、既存プランから安いプランへ移った売上と、新しい契約の売上を分けたい。提供枠に上限があり、割引した仕事が通常価格の仕事を押し出すなら、その機会も比較に含む。編集上の提案として、対象商品の採算を入口にしつつ、他の購買や提供能力を動かす施策では、比較する事業の範囲を広げる。売上の移動を、新たな需要の獲得と呼ばないためである。

誰へ値引きし、いつ通常価格へ戻すか

ここからは研究を踏まえた編集上の提案である。新規客の初回購入が障壁なら、初回に限る割引や試用を検討する。ただし「新規客だけなら採算がよい」とは決めない。値引きがなければ買わなかった人が増え、通常条件でも再び利用する理由が残るかを見る。既存客が新しい登録を作る、対象の境界にいる顧客が不公平と感じる、といった実装上の問題も対象設定に含める。

既存客へ広げるなら、通常の購買を安くする理由を明確にする。例えば更新を迷う顧客へ、使えていない機能の支援と合わせて提案する場合と、更新する予定の顧客全員へ割引を渡す場合は違う。前者でも割引と支援を一緒に変えれば、どちらが効いたかは分離できない。複合施策の採算は評価できても、値引き単独の効果として宣伝してはいけない。

反対に、在庫を期限までに売り切る必要があり、処分費用や保管費用を減らせるなら、幅広い値引きが合理的な場合もある。この場合の目的は将来の顧客育成ではなく、残る在庫の価値を回収することだ。継続販売する商品と同じ評価を使わず、処分しなかった場合の費用を比較に入れる。目的が変われば対象を絞る提案も逆転する。

終了後に戻す価格と、追う期間まで決める

値引きの対象を見直す一方で、通常価格で選ばれる提供内容を考える場合は、価格競争から抜け出すための記事が参考になります。付加価値への支払いと、その提供にかかる費用を分けて比較しています。

販促を始める前に、対象、通常なら起きる購買、増える費用、終了条件、追跡したい再購入を記録する。比較できる対象を残せるなら、対象へ割り付けた集団全体で結果を見る。買った人だけの満足度は参考になるが、購入しなかった人を除外した採算を施策全体の効果とはしない。

追跡期間は一律に決めず、その商品で次の購入や更新が起こる時期に合わせる。期限の短い食品と年次契約では待つ時間が違う。測定が終わる前に継続割引へ移れば、通常条件へ戻した後も利用するかという問いが答えられなくなる。終了後に反応が落ちても、前倒し購入、競合の施策、季節の違いを区別して読む。

全面的な値引きを止めれば、それだけで事業がよくなるわけではない。価格が顧客の得る価値に合っていないなら、恒常的な価格設計の問題として扱う必要がある。逆に機能や導入支援の不足が購入の障壁なら、価格を下げても未解決の問題が残る。売れない理由をすべて価格の高さへ押し込まないことも、販促の範囲を決める条件になる。

初回購入を動かす根拠と、その後に利益を残す道筋があるなら、対象を絞って試す。既存の注文を安くするだけなら、一律配布を見直す。在庫回収など別の目的があるなら、その目的の採算で広い値引きを判断する。 売上が増えた事実と、値引きを続ける理由を分けることが、販促の次の判断を支える。

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このテーマのガイド

価格の決め方と販促の採算