事業撤退で利益は増えるか? 残る費用と失う相乗効果の比較
赤字の部門をなくせば、その赤字分だけ利益が増えるのだろうか。部門が負担していた建物の賃料や本社費は、撤退後も残るかもしれません。一方、部門を残すために、成長事業へ人を動かせないこともある。架空の部門の収支から、消える支出、失う共同利用、解放した資源の使い道を順に見ていきます。
反対に、「他事業との相乗効果がある」という説明で赤字部門を残し続ければ、本当に伸ばしたい事業へ人を動かせない。集中にも分散にも都合のよい言葉がある。どちらの言葉を採るかではなく、事業を分けた後に何が変わるかで選ぶ必要がある。
本稿では、撤退によって解放できる資源と、一緒に営むことで得ている便益を対応付ける。小さいから切る、関連があるから残す、という判断から一段進めるための編集上の提案である。
この記事の目次
二百万円の赤字部門をやめると、何が残るか
架空の会社で、部門Aの売上が年間3,000万円、直接費が2,200万円、本社費の配賦が1,000万円だとする。部門別の表では200万円の赤字になる。しかし撤退して本社費がまったく減らないなら、単純には800万円の貢献を失い、1,000万円の費用が残る。
ここからAを残す結論へ飛ぶのも早い。直接費の中に契約終了後も払うものがあれば、撤退直後の支出は違う。逆に、Aに縛られている設備や担当者を別の用途へ動かせれば、表にはなかった利益を得られる可能性がある。
条件を変えて、Aをやめた後に解放した資源で、追加費用を引いた年間の便益1,200万円が確かに見込めるとする。失う800万円を上回るため、撤退案を比較する理由が生まれる。ただし移行費、顧客への対応、便益が始まるまでの時間を引く前の話だ。この数値は仕組みを示す仮定であり、撤退の推奨基準ではない。
肝心なのは「人を本業へ集中する」と書くだけでは足りない点だ。その人が次に担当する仕事、必要な習得、受入先の余力が決まっていなければ、解放された人数をそのまま増益へ換算できない。撤退案と再配置案を一緒に作る必要がある。
消える費用と、失う貢献を数え直す
この仮想例は、配賦上の赤字と撤退で失う貢献が異なることを示している。比較には、契約終了や配置変更で実際に消える共通費と、他事業が失う共同利用を別に計上する。多角化研究の効果量をこの算術へ移さず、帳簿のラベルより撤退後に生じる追加の変化を読む。
一緒に営む便益は、分けた後も維持できるか
二つの事業に同じ顧客がいるだけでは、共同経営の便益は確定しない。顧客が二つの商品を一緒に買うことで訪問費が減るのか、一方の知見で他方の不良を減らせるのか。その経路を取引や作業の単位で説明したい。
たとえばAとBが同じ配送網を使っているなら、Aを売却した後の配送契約を見積もる。共同配送を取引として続けられるなら、所有を続ける必要性は小さくなるかもしれない。反対に、契約で維持しにくい即時の技術連携が競争力なら、単純に分ける費用は大きくなる。
ここで確認するのは、共有資産の存在だけでなく、共有するための負担だ。二つの部門の要望を調整する会議、仕様の妥協、少量の特殊対応に追われる人員も比較へ入れる。同じ設備を使うことが、常に別々に使うより安いとは限らない。
本稿の実務案として、共有して得ている便益と、そのために増える仕事を同じ期間で並べる。便益の説明が抽象的なのに負担は具体的なら、まず小さく分けて試せる範囲を探す。逆に、失う顧客や供給能力を具体的に確認できるなら、会計区分だけで切らず、残し方や取引としての分離を比較する。
多角化の研究は、一方向にそろっていない
共有している顧客や設備を数えると、組織図の箱だけでは分けられないことが分かる。多角化の研究でも、一つの事業をどう数えるかが結果の読み方を変える。
Rajan、Servaes、Zingalesの多角化と投資配分の研究は、米国の1979~1993年の多角化企業を扱い、部門の投資機会の違い、投資配分のゆがみ、市場評価の低さの関係を報告した。理論モデルと企業のパネルデータを用いており、複数事業を抱える組織で資源配分が難しくなる可能性を考える材料になる。
ただし、これは「部門を一つ売れば企業価値が上がる」という介入実験ではない。もともとの企業の特徴や、投資機会の測り方を考慮する必要がある。市場での企業評価は、個別部門を廃止した翌年の現金収支とも違う。
逆の結果もある。Villalongaの2004年の論文は、米国の1989~1996年のデータで、企業が報告する事業セグメントと、事業所を基に組み立てた事業単位を比較した。同じ企業群でも、前者では多角化企業の割安さが見え、後者では割高さが見えるという結果だった。
ここで違うのは「昔は分散、今は集中」という時代の物語だけではない。何を一つの事業と数え、どの単一事業企業と比べるかが異なる。組織図の箱や会計上の区分を、独立して切り離せる事業そのものとみなす危うさがある。
この二つを並べても、集中と多角化の勝者は決められない。一方で、事業数だけで判断する根拠は弱いと分かる。そこで自社の検討では、箱の数ではなく、共有している顧客、設備、人材、調整の負担を分けて考える。
資金の融通が、単なる赤字補填ではない場合
初めの研究から「事業間で資金を回すこと自体が悪い」と受け取るのも行き過ぎである。Santioniらの2017年の研究についての著者解説は、金融危機とユーロ危機に直面したイタリアの企業グループを取り上げ、グループ内の資金が外部金融の不足を補う働きを示している。
対象は米国の事業セグメントではなく、別法人を含むイタリアの企業グループであり、銀行の資金供給が厳しい局面である。平時の市場評価の研究と、危機下の資金移転を同じ指標として比べることはできない。日本のすべての多角化企業に、同じ保険価値があるとも言えない。
それでも検討すべき違いは明確になる。需要がなくなった事業へ毎年穴埋めするのか、需要と投資機会はあるのに一時的な資金不足へ対応するのか。後者なら、支援する期間、資金の使途、戻し方を具体化して比較する理由がある。前者を「資金の融通」と呼び替えても、事業の前提は改善しない。
これは新事業を買い足す提案ではない。現在つながっている事業を切り離す際に、売上や費用だけでなく、必要な時期に資金を回せる関係まで失わないかを確かめるための反証である。
分散を残す費用まで含めて、撤退を選ぶ
別の事業があれば、一方の需要が落ちたときにも収入が残る可能性はある。ただし、同じ顧客の投資予算に依存している二つの事業なら、一緒に落ち込むかもしれない。売上の種類が違うことと、失敗の原因が違うことは別である。
さらに、分散を理由に残す場合でも、その保険にどれだけ払うのかを説明したい。専門人材を薄く配る負担、管理費、資金が必要になる時期を含めて、資金余力や外部との契約など別の対応と比べる。「念のため残す」を無期限の補助金にしないためだ。
市場評価を扱う二つの研究は過去の米国企業が中心で、資金融通の研究は危機下のイタリア企業であり、現在の日本企業の事業構成へそのまま移せない。だが、この制約を認めることは、何も選べないという意味ではない。企業平均の結果を、個別の撤退の便益へ直結させないことが重要なのである。
検討会議では、撤退で止まる支出、残る支出、失う共同利用、解放資源の使い道を同じ紙に置く。数字が置けない箇所は、何がまだ決まっていないかを書く。その不足が再配置なら、本業の計画を詰める。共有契約なら、分離後の条件を確かめる。
解放した資源の使い道が具体的で、失う共同利用と移行費を上回る見込みが立つなら、集中案を比較の中心にする。共同利用の価値が大きく、切っても費用が残るなら、所有や運営の分け方から考え直す。事業を減らすことを成果にせず、減らした後の仕事と収支を設計するところまでが、選択と集中の判断である。