WORLD PICKS
世界の研究と事例から、
仕事の進め方を考える。
← 分類の記事一覧へ

初期設定で利用率が上がっても成功か? 選び直しと離脱の確認

選択済みの画面と、二つの選択肢から自分で選ぶ画面を並べたイラスト。

申請画面の選択肢を一つ、最初から選ばれた状態にする。すると、その選択肢の利用が増え、操作時間も短くなるかもしれない。数字だけを見れば、改善の成功例になる。しかし、本人に合わない選択まで増え、その後で訂正が必要になっているなら、仕事を先送りしただけという可能性もある。

初期設定、つまり何もしなければ採用される既定値は、行動を変え得る。だからこそ、設定する側の都合と、利用者にとってよい結果を分けて考える必要がある。広く適合し、変更が容易な選択には既定値が役立つ。一人ずつ事情が違い、誤選択の影響が大きいなら、説明したうえで明示的に選んでもらう案を比較したい。

この記事の目次
  1. 「選ばれた」は、「望まれた」と同じではない
  2. 空欄にする以外にも、選択を支える方法はある
  3. 初期設定を置く前の三つの問い
  4. 印刷設定なら便利でも、送り先なら危ない
  5. 選べなかった人の用件は、どこへ行くか
  6. 利用率の分母に、戻した人と離脱した人を残す
  7. 利用率が上がった後こそ、確認する

「選ばれた」は、「望まれた」と同じではない

Jachimowiczらの2019年のメタ分析は、2017年5月までに探した文献から、55研究に含まれる58のデータセットを統合した。対象者の合計は73,675人である。既定値が選択を動かす平均的な効果を認める一方、有意な効果がない研究や逆方向の結果も含まれる。対象は消費、健康、環境などにまたがり、日本企業の申請業務だけを調べたものではない。Jachimowiczら「When and why defaults influence decisions」

この研究から、既定値を設ければ特定の業務指標が一定割合で改善するとは言えない。また、選択が動いたという結果は、その人の満足や仕事の品質まで改善した証拠ではない。研究の平均値を、自社の改善率として企画書へ写さないことが重要だ。

初期設定をそのまま使う理由には、推奨されていると思う、変更する手間を避ける、違いに気づかない、といった可能性がある。利用率だけではそれらを区別できない。担当者が本当に推奨できる選択なのか、利用者が変更できると分かる画面なのかを、別の問いとして扱いたい。

空欄にする以外にも、選択を支える方法はある

Carrollらの「Optimal Defaults and Active Decisions」は、米国の企業年金への加入を題材に、自ら選択することを求める方式を検討した。通常の申込み方式より加入を促した実証に加え、先延ばしや好みのばらつきを考慮したモデルを示している。一方、金融知識の不足などによって既定値の方が適する条件も論じる。Carrollらの研究・公開要旨

年金加入は、日々の申請の入力と同じ仕事ではない。ここでは効果の大きさを転用せず、「最初から選ぶ」か「放置する」か以外に、判断を促し支える設計がある点を参照する。本文の業務画面への当てはめは編集上の提案であり、同じ実験を再現した結果ではない。

たとえば、二つの選択肢の違いを短く示し、どちらかを選ばないと先へ進めないようにする。ただし、判断に必要な情報がない状態で必須入力にすれば、適当な選択を強いるだけになる。選択を求めることと、選べる状態を作ることは一緒に設計する必要がある。

共通して適合し戻しやすい選択は既定値、事情の差が大きい選択は説明して能動的に選ぶ図
概念図:編集上の提案です。既定値の利用率や生産性の予測値ではありません。

初期設定を置く前の三つの問い

第一に、その選択が多くの利用者へ適合する根拠は何か。現在の利用率が高いという説明だけでは、既存の初期設定の影響を繰り返し根拠にしているかもしれない。異なる事情の人が、どこで不便を感じるかも調べる必要がある。

第二に、間違ったときに本人が気づき、簡単に変更できるか。画面上は変更できても、確定後に別の部署へ依頼しなければ訂正できないなら、変更は容易ではない。取消しの導線だけでなく、取消しが次の処理へ届くことまで含めて考える。

第三に、その結果を誰が引き受けるか。申請者の入力が速くなっても、後工程で誤りを直す仕事が増えれば、改善を評価する範囲が狭すぎる。操作時間、訂正、実際の完了を一つの行程で追い、どこに負担が移ったかを区別する。

この三つに一律の合格点は置かない。研究が示していない閾値を作るより、どの条件が満たされ、どれが分からないかを判断資料へ残す方がよい。とりわけ重大な選択では、入力を速くする便益より、意図を確かめる必要が上回る場合がある。

印刷設定なら便利でも、送り先なら危ない

以下は仮想例である。社内資料の印刷を、普段は両面にする案を考える。片面が必要な場合も同じ画面で変更でき、確定前に設定を確認できる。対象の仕事で両面が広く適しているなら、既定値として試す理由がある。見るべきなのは両面の利用率だけでなく、印刷し直しや不適切な出力が増えていないかである。

次に、資料送信の宛先を前回の取引先で自動選択する案を考える。毎回の取引先が違い、送信後の取り消しが難しいなら、同じ「入力を減らす」改善でも判断は変わる。宛先と資料の関係を確認してもらう案を優先し、前回値は候補の提示にとどめることが考えられる。

さらに、印刷であっても、一部の帳票で片面が必要で、その利用者が設定を見落としやすいなら、全件一律の既定値は再検討する。帳票の種類から適切な設定を提示するか、該当する場面では確認を求める。既定値を全面的に廃止する必要も、全員に固定する必要もない。

この例の違いは、紙かデータかではない。事情のばらつき、誤選択の影響、戻しやすさである。速く進めることを評価する場面と、確認してから進めることを評価する場面を分ける。

選べなかった人の用件は、どこへ行くか

能動的に選んでもらえば問題がなくなるわけでもない。Beshearsらの研究は、米国の処方薬の受取方法を選ぶ制度で、明示的な選択を求めても回答しない人が残り、その人たちには暗黙の既定の扱いが適用されたことを報告している。医薬品の利用を扱う2019年の公開研究であり、社内申請の効果率として転用はできない。Beshearsら「Active Choice, Implicit Defaults, and the Incentive to Choose」

宛先を選択必須にした画面でも、選べずに退出した人の用件は残ります。電話や別の人への依頼へ移っていれば、画面内で選択した人の率だけでは負担を捉えられません。誤送信を減らす設計と、選べない人の行き先を一緒に考える必要があります。

選択必須を採用するなら、分からないときの説明や相談、未完了の扱いまで用意する。選択肢を理解できない人を落とし、その後に残った人だけで改善率を計算していないか。この点検は、既定値を使う案にも、使わない案にも必要になる。

利用率の分母に、戻した人と離脱した人を残す

仮に100人のうち80人が既定設定を利用し、10人が変更、10人が離脱したなら、完了者だけの既定利用率は80/90=約89%、全対象では80/100=80%だ。高い利用率を好みの一致と呼ぶ前に分母を確認する。変更・取消し・未完了を残して評価し、取り消せる設定と回収できない結果を同じ扱いにしない。

利用率が上がった後こそ、確認する

試行では、初期設定を採用した割合だけを報告しない。後から変更した割合、訂正に必要な作業、本人が選択の意味を理解していたかを合わせて見る。自己申告の理解と、実際に正しい処理が完了した記録は、別の情報として扱う。

可能なら、比較する期間や対象、変更する箇所を先に定める。繁忙期と通常期を比べて得た差を、画面設定の効果だと言い切らない。比較が難しいときも、何を変え、同時に何が変わったかを記録すれば、効果の主張を必要以上に広げずに済む。

また、変更したい人が変更しなくなったことを、手間の削減として喜ばない。選択肢が見つからない、承認が必要になった、問い合わせを諦めた、という理由かもしれない。使わなかった経路を消す前に、その理由を確かめる価値がある。

既定値の成果は、人を同じ選択へ揃えたことではなく、適切な処理へ進む負担を減らせたことで判断したい。広く適合し容易に戻せる場面では初期設定を使い、個別の事情が重要で戻しにくい場面では、説明と明示的な選択を残す。速く進むことが、必ずしもよく進むことではないからだ。

この記事を共有・保存する