承認者を一人増やす前に、その人だけが確かめられることは何か
不適切な支払いが見つかり、再発防止策として承認段階を増やす。例えばそんな場面で、新しい承認者も同じ申請書だけを読み、前の承認が付いていることを確認して通すとしたら、何が変わるだろうか。待ち時間は増えても、申請書の外にある事実を確かめる人は増えていない。
多段階承認が常に無駄というわけではない。予算の妥当性を確認する人と、物品が届いたことを確認する人は、異なる誤りや不正を見つけられる。問題は承認の数ではなく、何を独立に確認しているかである。
本稿の提案は、承認者を増やす前に不正が通る経路を描き、今の確認では見えない事実を確かめる役割を置くことだ。同じ確認を重ねるだけなら、人数の追加より、情報源や権限の分離を見直す方を先に考える。
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二人が見ても、同じ情報だけなら同じ見落としが残る
仮に、一人の担当者が取引先を登録し、請求書を入力し、支払いまで実行できるとする。この流れで不正な振込先を登録した場合、請求金額の妥当性だけを二人が見ても、振込先の正当性を確かめたことにはならない。
必要な確認は、不正の種類によって違う。架空発注なら注文や納品の実在、振込先の改ざんなら変更元と登録権限、重複払いなら過去の支払いとの照合が重要になる。すべてを「上司が承認」と書くと、何を止める統制なのかが曖昧になる。
米国GAOの2025年版Green Bookは、職務の分離を統制設計で考慮し、実施が難しい場合は代替的な統制を設けるとしている。承認、保管、記録など両立させるべきでない役割の分離を扱う枠組みであり、日本企業に一律の承認人数を要求する規則ではない。GAO「Standards for Internal Control」
ここから導く実務案は、人数を数える前に、申請者が作った情報と独立した証拠を見られるかを確かめることだ。別の人が同じ画面を開くだけでも操作ミスを見つける価値はあり得るが、申請内容そのものが偽っている場合への備えは別に必要になる。
確認の目的を、承認者ごとに一文で書く
承認経路を点検するなら、各担当者について「何を照合し、何が違えば止めるか」を記すとよい。担当者が説明できないなら、その承認が不要なのか、役割を教えられていないのかを調べる。
| 確認する対象 | 必要な情報の例 | 役割が重複する場合の見直し |
|---|---|---|
| 支出目的と予算 | 予算残、業務上の必要性 | 同じ判断の再承認なら金額・例外条件で対象を絞る |
| 納品や作業の実在 | 受領記録、作業成果 | 請求書だけを読む役割から実在確認へ変える |
| 振込先の変更 | 既存の連絡先による確認、変更履歴 | 申請者と登録・承認の権限を分ける |
| 二重計上や重複支払い | 過去データとの突合 | 全件の読み直しより自動照合と例外確認を検討する |
これは本稿の整理で、特定の法制度への適合表ではない。支出の性質や規模により必要な確認は異なる。それでも、追加する承認が何を新たに見つけるのかを説明できれば、手続きの費用と役割を比較できる。
確認する人には、疑問を持ったときに支払いを止め、追加資料を求める権限も必要だ。確認が形式化している原因が業務量なら、段階を増やすより対象を絞ることや情報を自動取得することが対策になる。
「管理すると意欲が下がる」だけで統制を外さない
統制の副作用を考える研究もある。FalkとKosfeldの2006年の実験では、相手の行動を最低水準で制約する選択が、協力的な行動を弱める場合が示された。著者は管理の見えにくい費用として論じている。The Hidden Costs of Control
ただし、これは企業の支払承認を増やして横領件数を測った研究ではない。実験内の行動を、そのまま日本企業の承認制度へ置き換えることはできない。
さらにZiegelmeyerらの2012年の研究は、476人を含む四つの追試を報告し、見えにくい費用の存在はおおむね確認しつつ、その費用が管理の経済的効果を打ち消すほど大きいという結果は通常得られなかった。Hidden costs of control: four repetitions and an extension
この違いを踏まえると、「承認は不信感を生むから廃止」という結論も強すぎる。副作用があり得ることと、統制全体の便益が負になることは別だ。必要な確認を残しながら、何を守るための確認なのか、誰がどの範囲で判断できるかを説明する方が妥当である。
同じ一人の追加でも、判断が変わる場面
仮の会社で、購買担当者が発注と取引先の登録を行い、上司が請求書を見て支払承認しているとする。新たな課長承認を加えても、その課長が同じ請求書しか見ないなら、取引先の実在や納品の確認は増えない。本稿なら、まず不足している確認を設計し直す案を選ぶ。
一方、受領担当者が独立に納品を確かめ、その記録がない場合は支払いを止める仕組みを加えるなら、追加の確認は別の意味を持つ。承認者が増えるという外見は同じでも、新しい証拠が入ることが判断を変える。
条件を変え、小さな組織で担当者を十分に分けられない場合はどうか。GAOの枠組みも分離不能な場合の代替統制を認める。例えば経営者が口座の入出金と証拠書類を独立に照合する方法を検討できる。ただし、事後に見つけても取り戻せない高影響の支払いなら、事後確認だけで十分とは言えない。Green Book・10.21節
つまり、人員不足を理由に無条件で承認を省くのでも、分離が難しいのに名目上の役割を作るのでもない。どのリスクが残り、それを誰がどう引き受けるかを決める必要がある。
承認を減らす場合も、代わりの確認を先に動かす
重複した承認を見つけても、すぐに経路から消す前に、その承認者が非公式に行っていた確認を調べたい。書類上は金額確認でも、実際には取引先の不自然な変更を見つけていたかもしれない。役割が文書にないことと、役割が存在しないことは別である。
変更は一種類の取引で試し、必要な確認が新しい担当や仕組みで行われるかを確かめる。正常な申請を速く通すことに加え、必要書類が欠けた申請や、修正の根拠が不明な申請を適切に止められるかを見る。これは実取引を不正に操作するのではなく、権限を限定した検証環境や記録の点検で確認する運用案だ。
急ぎの支払いだけ別経路になるなら、誰が例外を認め、いつ記録をそろえるかも決める。例外が増える理由が承認者の不在なのか、通常の確認が業務に合っていないのかによって、代理者を置くか経路を変えるかの判断が異なる。
手続きの数より、止められた経路を確かめる
変更後の評価を、不正の発覚件数だけで行うのは難しい。検出がよくなれば発覚件数が増えることもあり、発覚しないことだけで安全とは言えない。
運用の点検では、必要な証拠なしに通った例外、権限の衝突、登録変更の追跡、差し戻しの理由を確認したい。承認待ちの時間や、緊急処理を理由に正式経路を迂回した件数も見る。厳しくした結果、迂回が常態化すれば、設計した統制が実際の支払いを覆っていない可能性がある。
また、承認者同士が結託した場合や、上位者が手続きを無視した場合まで、通常の分担だけで防げるとは限らない。役割の分離を万能とせず、記録の点検や例外の上位報告と組み合わせる必要がある。
新しい承認者が、これまで見ていなかった証拠を確認し、異常なら止められるなら追加する理由がある。同じ情報に同じ印を重ねるだけなら、先に確認方法を変える。 この区別を踏まえ、必要な確認が維持されるかを検証しながら、安心のためだけに増えた手続きを見直したい。