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給与の透明化は何を公開する? 賃金差の説明と訂正の仕組み

異なる高さの給与封筒と、比較の基準を示す書類を囲む二人。

「評価制度が分かりにくい」という声に対して、給与をもっと見えるようにしようという案が出る。情報の不透明さを減らす方向は理解できる。ただ、同僚の金額が分かった瞬間に、納得が増えるとは限らない。むしろ、これまで推測で済んでいた差について、具体的な説明が求められる。

問うべきなのは、公開か非公開かという二択だけではない。同僚の給与を比べたいのか、上の役割へ進むと何が変わるのかを知りたいのか、評価の誤りを直したいのか。目的によって必要な情報は異なる。この記事では、情報を見せる効果と、賃金制度を公正にする仕事を分けて考える。

この記事の目次
  1. 同僚を知ることと、将来を知ることは違う
  2. 何を説明したいのかで、公開の単位を変える
  3. 説明できない差を、情報不足のせいにしない
  4. 同じ「見える化」でも、順序を変える場面
  5. 比較対象を狭くし過ぎても、広くし過ぎても歪む
  6. 納得の点数だけで終わらせない

同僚を知ることと、将来を知ることは違う

Cardらの2012年の論文は、米国カリフォルニア大学の職員らに、給与情報サイトの存在を無作為に知らせた研究である。職種・所属単位内の中央値より給与が低い人では、給与や仕事への満足度が下がり、求職意向が高まった。上位の人に対称的な満足度上昇は見られなかった。2008年の情報提供後の自己報告を中心とする結果であり、求職意向をそのまま退職の実績とは扱わない。Cardら「Inequality at Work」

これと比較したいのが、CullenとPerez-Trugliaの研究である。東南アジアの企業の2,060人を対象に、給与に関する認識を変える情報提供を行った。著者稿の要旨は、同僚と上司の給与について認識が上方へ変わる場合で、努力などへの方向が異なることを報告する。査読版は2022年に刊行された。同僚との現在の比較と、上位の仕事への期待を同じ「透明性」にまとめるのは粗い。著者稿の要旨、査読版の書誌・要旨

ただし、一社の情報提供実験は、全員の氏名と給与を公開する制度全体の効果を示さない。国や組織の昇進経路、対象者、測定指標も大学の研究と異なる。日本企業で給与一覧を配れば生産性が上がる、あるいは必ず下がる、といった結論にはできない。

何を説明したいのかで、公開の単位を変える

ここからは、研究を踏まえた編集上の提案である。まず「不透明」という不満を、金額が見えない、決まり方が見えない、誤りを直せない、の三つに分けたい。金額の一覧が解消できるのは、その一部にすぎない。

将来の役割を検討する人には、役割ごとの責任、給与の範囲、そこへ進むために求められる仕事が役立つ。同僚との処遇差を問う人には、等級や勤務条件など、比較の前提を説明する必要がある。評価の誤りを疑う人には、自分の評価根拠を確認し訂正を求める経路が要る。必要な説明をせず、全員の金額だけ並べても、問いへの回答にはならない。

また、「同じ職種」という括りにも注意する。同じ名称でも、責任範囲や担当する難しさが異なることはある。一方で、名称の違いを付けるだけで、合理的でない差が正当化されるわけでもない。制度上の説明と、実際に任せている仕事が一致しているかまで点検したい。

給与情報の目的を、現在の差の説明、将来の役割の理解、誤りの訂正に分ける図
概念図:研究から構成した編集上の提案です。給与の公開範囲を一律に定めるものではありません。

公開資料を読む人が、現在の処遇差を知りたいのか、将来の役割を考えたいのかで、必要な説明は変わります。前者には職務・勤務量・評価期間など比較の条件、後者には昇格の条件が必要です。説明できない差は、公開する範囲を変えただけでは解消しません。

説明できない差を、情報不足のせいにしない

開示後に不満が出ても、透明化が失敗したと即断するべきではない。隠れていた問題が、初めて扱える形になった可能性があるからだ。満足度を下げないことだけを成功条件にすると、不都合な事実を知らせない方が有利という判断になってしまう。

制度の担当者は、既存の差を説明できるものと、再点検すべきものに分ける。たとえば、採用時点の交渉で決まった差が、同じ役割を担う段階になっても残る場合がある。その差を今も維持する理由があるかは、情報の見せ方とは別に判断しなければならない。

これは全員を同額にすべきだという提案ではない。差を残すなら何を評価しているかを説明し、説明と実態が食い違うなら制度や運用を直すという順序である。「市場が違ったから」という過去の理由だけで、現在の役割に対する説明を終えない。差の説明を求めた本人に、制度全体の正しさを証明する負担も負わせない。

開示の準備では、個人情報の扱い、社内規程、適用される義務も別途確認する。この記事は、その法的な許容範囲や義務を判定するものではない。必要な開示や権利への対応を、不満が出そうだという理由で遅らせる趣旨でもない。

同じ「見える化」でも、順序を変える場面

仮に、専門職のキャリアが見えず、管理職にならないと報酬が上がらないと思われている会社がある。実際には専門職の上位等級が存在し、任される責任と処遇も整理されている。この場合は、役割と給与範囲、昇格判断の例を示す案が、個人名付きの給与一覧より問いに合う。将来の選択を支える情報を届けるからである。

一方、同じ会社で、同じ仕事を担う人への評価理由が説明できず、面談の記録にも一貫性がないとする。この場合は、魅力的な上位等級の紹介だけで問題を済ませない。評価の検証と訂正手続を進め、現にある処遇差へ答えることを優先する。キャリア情報の不足という当初の見立てが違っていたのである。

さらに、評価根拠が揃い、本人が自分の記録を確認できても、比較対象の情報がなければ異常を発見しにくい場合がある。このときは、比較に必要な集計や開示の拡大を検討する。説明の整備を、情報を永遠に閉じる口実にはしない。何を見せればどの誤りを検証できるかで、次の段階を決める。

以上は仮想例であり、特定の公開順序が実験で最適と認定されたという意味ではない。研究が示す比較の違いを、制度設計の問いへ変換したものである。

比較対象を狭くし過ぎても、広くし過ぎても歪む

給与の差を見る際には、どの集団と比べるかが論点になる。同じ等級だけを示せば説明がしやすくても、そもそも等級への登用に偏りがある場合、その問題は見えない。反対に、責任や勤務条件の違う全員を一つの平均へまとめれば、個別の疑問へ答えにくい。

ここでの編集上の提案は、同じ役割の中で処遇を比べる問いと、その役割へ進める機会を比べる問いを分けることだ。前者に問題がないという結果を、後者も公正という結論へ広げない。比較表には、含めた人の範囲と、そこでは調べていない差を添える。

たとえば、上位等級の給与範囲を公開しても、そこへ進む仕事を一部の人にしか任せていなければ、キャリアの見通しは改善しにくい。給与制度の説明と、機会を割り当てる運用が整合しているかを合わせて扱う。この検討は公開を止める理由ではなく、公開した情報を使って次に直す場所を見つけるために行う。

納得の点数だけで終わらせない

実施後には、満足度の変化に加え、どの質問へ回答できるようになったか、評価の訂正が必要だったか、訂正まで進められたかを確認する。個別の質問が増えたことは、直ちに悪い兆候ではない。以前は分からなかったために問えなかった可能性がある。

反対に、質問が減っても、相談しても変わらないと諦められたのであれば成功ではない。質問の件数と、解消した問題の内容を分ける。集計を公表する場合も、少人数の区分で個人が推測できないかを点検し、必要な説明を保ちながら扱う範囲を決める。

給与情報は、見せれば自動的に納得を生むものではない。将来の選択を助けたいなら役割と到達条件を、現在の差を問うなら比較の前提と評価根拠を、誤りを直すなら訂正経路を示す。透明化を進める価値は、金額の一覧を作ることより、説明できない差を放置しない状態を作ることにある。

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