オフィスの壁をなくすと会話は増えるか? 協働と集中の設計
部署間の壁をなくしたい。そう考えて机の仕切りを外し、誰の顔も見える配置にした。ところが、相談は以前よりチャットへ移り、社員はイヤホンを着けている。見通しが良くなったことと、話しかけやすくなったことは同じではなかったのかもしれない。
オフィスを開くか閉じるかという二択の前に、減らしたい仕事の障害を決めたい。まだ知らない相手との接点が不足しているなら、出会う機会や近さを増やす。集中や機密のために話せないなら、相談と個人作業の場を分ける。 全ての境界を取り除くより、どの境界が妨げで、どの境界が仕事を支えるかを考える。
本稿は、最適な席間距離や個室比率を示すものではない。改装案を選ぶときに、会話の量と仕事の成果を混同せず、必要な機能へ投資するための判断を整理する。
この記事の目次
仕切りを外した後、対面でのやり取りは減った
BernsteinとTurbanの2018年の研究は、より開放的なオフィスへ移行した2社の本社で、移行前後の対面交流と電子的なやり取りを測った。ウェアラブル機器や通信の記録を用いた結果、対面交流は両事例で約70%減り、電子的なやり取りが増えていた。著者所属大学が公開する研究
印象を尋ねたアンケートだけでなく行動を測った点は重要である。一方、対象は二つの組織で、あらゆる職場を無作為に違うレイアウトへ割り当てた試験ではない。この約70%を、オープンオフィス全般の生産性低下率として引用してはいけない。測った対面交流量と、成果物の質や利益は異なる。
チャットへ移ったこと自体も、直ちに失敗とは言えない。記録を残しやすくなった可能性もある。問題は、「壁をなくすと対話が自然に増える」という改装の説明が、この研究では成り立たなかったことだ。空間の開放性だけで望む協働が生まれるとは考えない方がよい。
近くにいることが、共同作業を増やす研究もある
反対に、物理的な近さが役立つ結果もある。Cataliniは、フランス・パリのジュシューキャンパスで、アスベスト除去に伴う研究室の移転を利用して、近接と科学的な共同研究を分析した。同じ場所への配置は共同研究の可能性を高め、特にそれまで相手を探す負担が大きい組み合わせで効果が強かった。原論文の要旨
この研究は2017年にオンライン公開され、2018年の誌面に掲載された。企業の席の仕切りを外した研究ではなく、研究室間の配置を扱う自然実験である。指標も会話時間ではなく共同研究などであり、先の結果と同じ処置・同じ成果を比べているわけではない。
したがって、二つの研究から「開放型と個室型のどちらが勝ったか」を決めることはできない。読み取れるのは、相手に出会いやすくすることと、常に互いの仕事が見える状態にすることを、同じ施策として扱わない方がよいという点である。
Cataliniの研究では、以前に同じ場所へ配置されていた研究室同士は、離れた後も共同研究が損なわれなかったという結果がある。ただし、これは別々の場所でも誰とでも容易に協働できるという意味ではない。既に関係を築いている組み合わせと、相手をまだ知らない組み合わせを分ける材料になる。論文本文
この違いを改装へ応用するなら、全員を常に隣に置く案に固定せず、新しい関係を作る時期と、既に動く関係を維持する時期で、必要な接点を考える余地がある。あくまで研究室で得られた結果からの提案であり、日本企業での同じ効果を確認したものではない。
近接と開放性を、改装案でも分ける
この二研究は、同じ改装の勝敗を測っていません。BernsteinとTurbanは空間を開いた前後の交流、Cataliniは研究室の近接と共同研究を扱っています。対面交流の約70%減と共同研究の増加は、互いに差し引ける値ではありません。改装案でも、近づけることと見られることを別の変更として比べます。
改装案もこの二軸へ戻せる。廊下や相談場所を近づけつつ、個人作業の視線や音を遮る案なら、近接と開放性を一緒に変える必要はない。逆に、全員の机を見渡せても別部署と予定が合わなければ、共同判断の機会は増えない。研究が実証した最適配置ではなく、二つの介入を分けた設計案として扱う。
表は横にスクロールできます。
| 変更するもの | 証拠の方法 | 結果の指標 | 判断に残る条件 |
|---|---|---|---|
| 空間を開く | 二社の移行前後を測定 | 対面交流、電子通信 | 改装後の会話量で、売上や品質を代用しない |
| 研究室を近づける | 移転を利用した自然実験 | 共同研究など | 研究者の成果形成を、そのまま営業組織へ移さない |
| 相談場所を近づけ、集中場所を残す | 本稿の設計案・未検証 | 相談の到達、決定待ち、手戻りを確認 | 効果量を二研究から借りない |
改装の目的を、会話を増やすことから具体化する
以下は研究を踏まえた編集上の提案である。最初に、仕事のどこで協働が止まっているかを挙げる。誰に相談すればよいか分からないのか、相談相手は分かるが遠いのか、話す場所がないのか、割り込みで主作業が進まないのか。どれも「コミュニケーション不足」と呼べるが、必要な変更は違う。
相手が見つからないなら、部署を混ぜる接点や、相談できる人の情報を用意する案がある。顔を知っている相手と機密の話ができないなら、机の距離を縮めるより、閉じて話せる場所を確保する方が目的に合う。集中が切れることが問題なら、常に声が届く配置を増やすのは逆向きかもしれない。
ここで、全ての社員の仕事を一つの型へ揃えないことも重要になる。問い合わせへ即応する役割と、長く考えて設計する役割では、必要な環境が違う。同じ人が時間帯によって両方を行うこともある。部署名だけで固定せず、実際の仕事の場面を単位に考えたい。
営業と開発を隣に置く案が、逆転する条件
架空の製品開発チームを考える。営業が聞いた顧客の使い方が開発へ届かず、仕様の認識違いが遅れて見つかっている。互いの担当者を知らず、相談の入口も曖昧なら、近い場所で短く話せる機会を作る案には理由がある。必要なのは、会話を一日中続けることではなく、早い段階で違いを見つける接点だ。
条件を変え、担当者同士は既に連携しており、開発者の隣で営業の電話が続いているとする。ここでは、さらに席を混ぜても不足していた接点は増えない。通話の場所や集中の場所を分け、相談の時間や連絡経路を決める案が有力になる。
もう一つ、顧客との契約や個人情報を扱う相談が多い場合を考える。相手がすぐ近くにいても、周囲に聞こえるため会話を避けているなら、相談用の小部屋が必要になる。机を開放するほど話しやすくなるとは限らない場面である。
この例は実測値ではない。選択を変える条件は、連携が足りないという抽象的な評価ではなく、相手を見つける費用、話す際の制約、主作業への影響のどれが大きいかである。
場所を分けるだけでは、使い分けは起きない
集中席や相談スペースを設けても、常に予約で埋まり、必要な人が使えないなら機能しない。電話のために移動するには準備が多過ぎる、集中席にいると相談を断っているように見られる、といった運用上の障害もあり得る。
設備と一緒に、使う目的、予約の扱い、緊急連絡の方法を整える。例えば、集中している人へいつ連絡してよいかが分からなければ、相談が止まるか、全てが割り込みになる。場所の名前を付けるだけでなく、仕事を切り替える条件を共有したい。
一方、全ての活動を厳密に指定すると、場所を探し予約する手間が増える。日常的な短い相談まで正式な会議予約を必要にするなら、別の摩擦を作る。空間を細かく分けることを目的にせず、頻繁に起こる場面を少ない手順で処理できるかを確認する。
会話時間が増えたら、改装は成功なのか
評価では、社員の満足も聞きたいが、それだけで完了にしない。最初に減らしたかった認識違いや相談待ちがどう変わったか、集中して進める作業がどこで中断されるかを確認する。会話が増えても、同じ説明を何度も繰り返しているだけなら、協働の改善とは限らない。
反対に、対面時間が減っても、必要な判断が早くなり手戻りが減ったなら、失敗と即断しない。電子的な連絡が増えたことも、良し悪しを決める結論ではなく、仕事の流れがどこへ移ったかを調べる手掛かりになる。
移転と同時に組織や人員、働く日数が変われば、前後差にはそれらも混ざる。改装の効果として説明する範囲を絞り、可能なら似た業務の区画や段階的な変更と比較する。短期の物珍しさが落ち着いた後も、同じ課題が改善しているかを見たい。
工事の前に、一つの仕事で試す
大規模な改装へ進む前に、困っている仕事を一つ選ぶ。相談相手が分からないなら接点を作る。通話で集中が崩れるなら場所を分ける。その変更で目的の仕事が進み、別の負担が増えていないかを見れば、必要な設備の説明も具体的になる。
個室へ戻すか、全てを開放するかという好みの対立を続けても、業務上の必要性は決まらない。出会いを妨げる隔たりは減らし、集中や相談を支える境界は残す。オフィスの良さは見渡せる広さではなく、必要な相手と必要な場面で協働できることから評価したい。